ロージーとの出逢い④
その子がお気に召されましたか?
振り返ると、大家オーナーさんが意味深な微笑を湛えています。
まだうら若き乙女時代、都会の煌びやかな喧噪に焦がれて上京しました。
一年間ほど会社の寮暮らしを経た後、友人と一緒に暮らすことになりました。
「女の子が暮らすなら2階以上に」と不動産屋さんが紹介してくれた物件は、大家さんの住居の二階を間借りする形でした。
そこはかとない安心感と外玄関はあったものの、水回り事情がなにかと複雑だったので、お風呂に引いていた洗濯機のホースが外れる度に、階下の大家さん宅へ大水害を齎したりと多大な迷惑をかけてしまったものでした。
そんな遠い日々に思いを馳せる私に躊躇の色が見て取れたのか、
やはり、毛色はレッドの子がよろしいですか…?
オーナーさんはこちらの腹の内を探るかのように言いました。
何と返したらよいかわからずにいると、
もう一度だっこされますか?
返事をする間もなく魅惑のもふもふが再び手の中に。
私たち一家の好気の目にさらされて疲れてしまったのか、仔犬はしきりに目をシパシパさせています。
気が付けば他の子犬たちもクレート内で寝息をたてていました。
ちょっと、〇〇ちゃん。
オーナーさんが先ほどの若い女性を呼んで何やら耳打ちしています。
この子とこの子以外は…
ほどなくして、私たちが触れた子犬以外の子たちは、〇〇さんと一緒に奥のお部屋に帰っていきました。
後ろ髪惹かれる思いで子犬たちを見送りつつ視線を戻すと、オーナーさんはまたしても意味深な笑みを浮かべて私たちを見ています。
その私たちが、どうしてもあの子がいいと引き下がらなければ、きっとまた後日にご対面というお話になるのでしょう。
そして、目の前にいるこの子たちは、別の家族に縁付くまでは毎日こうしてお披露目されるのでしょう。
私の心の中では、運命の出会いと何かが葛藤していました。
娘の胸の中でもきっと同じもの同士が戦っていたのだと思います。
子犬は疲れてしまったのか、寝そべっていました。
私は子犬の前にかがむと、その子にだけ聴こえるくらいの声で、
ウチに来る?
と呟きました。
もう一度目が合ったら……葛藤にケリをつけるために、そんな偶然の瞬間を期待して。
その一言はオーナーさんの耳にまで届いていたようで、綻んだ瞳の奥がキラリと光るのを見ました。
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